2007/02/12 (Mon) アッシュカフェ《1》

 世の中にはいくつもの迷信がある。黒猫が道を横切ると良くない、夜に口笛を吹くと蛇が出る、霊柩車を見たら親指を隠さないと親族が死ぬ…。これらはほんの一例に過ぎない。そんな迷信を真剣に信じる者も居れば馬鹿にする者も居る。何が正しくて何が悪いのかなんて誰にも解らない。けれど。
「……黒猫。」
 こんなときにこんなことがあれば、誰でもムキになってしまうものではあるまいか?
「っのやろっ!」
 少女は駆け出した。たった今目の前を横切った金の目の黒猫を追いかけて。迷信を信じるも信じないも自由だが、何だか気になってしまう時だってある。少女はそうやって自分を納得させ、走り続けた。黒猫はまるでついてこいとでも言うように時々立ち止まってはこちらを見やる。その行動がさらに少女を逆上させていることに気づいているのか居ないのか。
 しばらく走り続けていると、何だか見かけない道に出た。いくつもの店が並んでいる。その店のほとんどが飲食店らしく、どの店からもいい香りが漂っていた。その店の群れの中の一つ、香りから察するに喫茶店の前で猫は足を止めた。そしてもう一度こちらを見やって、すぅと中に入って行った。どういうわけだかこの店のドアには猫用の通り穴らしいものが取り付けてあり、黒猫はその扉の中に消えた。
「…何? ここがあんたの家ってわけ?」
 少女はただ導かれるままにドアに手をかけた。ふと横を見ると立て看板が出ていて、そこにはカラフルなチョークでメニューが書かれていた。その看板の一番上に大きく、店の名前らしいものが書かれていることに気づき、見つめる。
 …"Ash Cafe"? つまり、単純に訳して灰喫茶? どういう名前だよ、と内心突っ込みを入れながらドアを開いた。カランカラン、と軽い音のドアベルが鳴った。何だか気恥ずかしくなる。店内に入ると、益々コーヒーの香りが強くなった。少女はコーヒーよりも紅茶の方が好きだったが、ここまで来れば引き下がることも出来まい。
 とりあえずは店内を見回して、適当な席に座った。カウンター席に座る程の勇気を持ち合わせていなかったので、店の奥のほうのテーブル席にひっそりと腰を下ろした。近くに窓があり、その横の棚の上にさっきの黒猫が居た。何食わぬ顔で毛繕いをしている。本当にここの猫らしい。看板猫ってやつ? なんてことを考えながら、メニューに目を落とした。そうしているうちに店員らしい少年がやってきて、にっこりと笑みを湛えた。注文はお決まりですか、などとお決まりの科白を吐いてくる。
 コーヒーがメインみたいだが、紅茶も少しだけ置いているみたいだ。その中で一番安い紅茶を頼んだ。そこでやっと店員の少年の顔をまともに見たが…。
「………どっかで見たことある気がする」
「へ?」
「あ、いや」
 どうやら声に出てしまっていたらしい。金色がかった茶髪、大きな青い瞳――外人らしくはないので、コンタクトなのだろうか?――一般人にしては異常なほど白い肌、すらりとした体つき。細いフレームの眼鏡をかけているが、それは。
「…もしかして歌手のトーヤさん? ………とか…。」
 途中で自信がなくなって、声が尻すぼみになる。確かによく似ているのだが、少女は芸能人に特別な興味を示さない。おまけにその芸能人の眼鏡をかけた姿を見たことがないため、確証が持てない。間違っていたら相当失礼だ。
「……あぁ、よく似てるって言われるんですよね」
 どうやら少年は慣れているらしく、微笑してそう言っただけだった。そしてテーブルを離れ、カウンターの方へと戻っていってしまった。
 居た堪れない気持ちになってくる。
「見れば見るほど似てるなぁ…。」
 本人ではないと解っていても、気になって目で追ってしまう。一般人だとわかっていても、特殊なオーラを放っているように見えてしまうのだ。
 ……まぁ、気にしすぎても仕方ない。第一、あまり見つめても失礼だ。少女はそう思い直し、することもなく店内に視線をさまよわせながら、頼んだ紅茶がテーブルに着くのを一人、待っていた。


〈第二章へ〉

***
続きますー。
前サイトの連載小説見てた方いらっしゃいましたらハッとして下さるでしょうかね。うへへ。世界繋がってます。(笑)
そんでまた猫が出てます。私は猫がすきなのかもしれません。ていうか好きなんだ! そうなんだ!
まったり連載作品なのでまったり見届けていただけると幸いです。

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