(※今回少しグロテスクな表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。)
その日は、普段と変わらぬ朝だった。亜矢子はいつもと同じように、目覚まし時計のベルで目覚めて、身支度を整え、学校へ向かった。亜矢子の家から学校までは然程遠くも無く、歩いて通える距離だった。登校途中で一番の親友の恭子と待ち合わせをし、他愛も無い話を交わしながらぽつりぽつりと学校へ向かう。それが亜矢子の日常だった。
学校へは、勉強をしに行くというよりも友達に会いに行くという感覚の方が強かった。特別成績が悪かったわけではない。素行が悪かったわけでもない。ただ、どこにでもいる、普通の女子高生だった。
その日のそのときまで、時間はいつもと変わらず流れていた。可笑しなことなんて、何一つなかった。……そのときまでは。
化学の授業は、4時間目だった。これが終われば昼休み。食べ盛りで最高に空腹な学生達は落ち着き無く実験を始めた。火を使う実験だった。亜矢子はあくびをかみ殺しながら教師の説明を聞いていたが、言葉は右から入って左から通り抜ける始末。何の実験だったのかすらよく覚えては居ない。
ただ、ゆらめく炎をじっと見ていた。化学室のテーブルの上に突っ伏し、こっそりと居眠りを始めようとした。恭子が危ないから起きてなさい、と言うのにも聞かず、目を閉じた。腹に鈍い痛みを覚えていた。
その時だった。
ゆらり、と地面が蠢いた。
「最初は私のめまいだと思ったの。けど、違った。地震だって気づくのには、少しだけ時間が掛かったの…。」
ごごごごご、と地面が音を立てているのがわかった。これは流石に様子が可笑しいと思い、亜矢子は起き上がった。……ただ、起き上がるのが、少しだけ遅かった。
――火のついたアルコールランプが、亜矢子のほうに倒れ、亜矢子の制服をじりじりと焼いた。それはすぐに腕まで到達し――…。
「恭子は真っ青になって私を見つめてた。何もしなかった。……一番近くに居たのに――…。」
亜矢子は助けを求めた。
――はやく、なんとか、してよ。きょうこ…。水をかけてよ。制服を脱がしてよ。あついの、からだがあつい…。
助けを求め伸ばした、火に焼かれている腕は、振り払われた。そのまま誰もが逃げた。恭子でさえも。亜矢子を置いて…。
「私は炎に焼かれるまま独りになった。ひとりになって、うずくまったの。もう死ぬんだって思って、うずくまったの。誰も居なくなった化学室は、すぐに壊れたわ…。薬品棚がすぐ倒れてきて、私の顔を傷つけた。火をもっともっと、大きなものにした。」
建物は壊れた。崩れ落ちた天井の下敷きになって、亜矢子は息絶えた。
――…。
「いたかった。かなしかった。くやしかった。一番の親友だって、信じてたのに――」
それは私だけだったの。一方通行だったの。亜矢子はそう呟いた。
今まで黙って話を聞いていたトーヤが口を開く。
「……恨んでいるの? …殺したい?」
亜矢子はゆるゆると頭を振った。綺麗な長い髪が、それにあわせてさらさらと揺れる。
「違うの。死んだばっかりの時は確かにそうも思ったけど、今はそうじゃないの。殺したいなんて思ってないわ…。」
「じゃぁなんで、ここにいるの?」
「それは――」
そこで亜矢子は口をつぐんだ。そして、笑わないでね、と付け足した。ゆらゆらと宙に浮いていた青白い少女の体が、すぅ、と地面に降りてきた。有紗と同じくらいの背丈だ。亜矢子は有紗たちと目を合わせる。
爛れた顔も、傷だらけの体も、今はもう、怖くは無かった。
〈第七章へ〉
***
また今回も長くなりました。今回は亜矢子メインのお話でしたとさ。
有紗主人公なのに、食われてる…; 一言も喋ってない!〈笑〉
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