「……まってるの」
おずおずと亜矢子が口を開く。しんとした空間に響いた少女の声に、三人は黙り込んで先を促す。
「まってるの。恭子のこと。……もしかしたら、来てくれるかもって…。」
あの日、自分を見捨てた親友を。自分を裏切った親友を。…今も、信じ続けて。
「…亜矢子さんは、強いんだね……。」
「え?」
有紗は慌てて口を両手で塞いだ。口に出すつもりはなかった言葉が、どうやら漏れてしまっていたらしい。有紗の一言に、亜矢子だけではなく東堂もトーヤも振り向いた。
「えっ、あ、いや……その。私だったら自分を見捨てて自分だけ逃げた子のことを、死んでも信じていることは出来ないだろうなって、思って」
自分を見捨てて助かった親友。友達の命を捨ててまで生き残ろうとした親友。そんな人のことを、信じ続けることなんて出来るだろうか?
「…恭子はね、お姉さんみたいだったの。私のことをかわいがってくれて、優しくしてくれて、悪いことしたら叱ってくれて…居てくれるだけで幸せだった。大好きだった。生まれてからずっと一緒に居たから、信じるのが当たり前になってたのね。私は恭子を信じていなきゃ、生きていくことが出来なかったの…。」
今はもう体を亡くした少女が、ふっと微笑んだ。『恭子』の名前を口に出すたび、嬉しそうに目を細める。
「強くなんか無いわ、私には当たり前だっただけ。…でも、そう言ってもらえて、嬉しいわ…。」
信じることが、当たり前だった。それはなんて、哀しくて美しい。有紗はそっと瞼を閉じて二人の姿を思い浮かべてみた。生まれたときからずっと傍にいた。どこへ行くにも一緒で、泣き笑いを共にして――…。
「ねぇ、亜矢子さん。実は、貴女に渡すものがあるんです。」
東堂が口を開いた。そして、自分の懐を探り、一枚の白い封筒を取り出した。暗い暗い夜の教室の中でも、それはぼうと浮かび上がっているように、有紗には見えた。
「今、木崎恭子さんは、遠い国でご家族と一緒に幸せに暮らしています。…連絡をしたら、貴女にとても会いたがっていました。しかし、彼女は仕事が忙しくてどうしても日本へは戻ってこれそうにも無いそうです。……これは、恭子さんが貴女に宛てた、手紙です。」
東堂が少女に向かってその封筒を差し出した。少女は少しだけ戸惑いながらも、その封筒にゆっくりと手を伸ばし、受け取った。
「…中を見てもいいかしら」
「どうぞ。それは、貴女のものですから」
東堂ににっこりと勧められ、亜矢子は緊張した面持ちで、その封筒に手をかけた。かけた手が僅かに震えている。…震えをとめるためか、亜矢子は封筒にかけた手を一旦外し、その手を強く握った。そして、改めて封筒へ手をかけた。
その目が、その決意した目が、有紗にはなんとも強く見えた。
〈第八章へ〉
***
表現したいものが表現し切れているか心配でなりません…。
そして今気がついたんですが、今回は千暁が一言も喋っていません。有紗主人公だよーを全面に出しすぎた気がしないでもありません。
…いや、いいんだけれども。
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