配布元:LID様
拍手お礼SSのログですー。
1.偶然聴いた歌
2.心が、少しだけ安らいだ
3.あの子が好きな歌
4.歌うことはできないけれど
5.これからも、きっと好きだと思う
↓本文は追記からドウゾ。
1.偶然聴いた歌
もう、どうしたらいいのかなんてわからなかった。
ただわかることは、私はあの人にとってはただの捨て駒にしか過ぎなかったということ。つまりは、私は騙されていただけだということ。たったそれだけなのだ。
私は駆け抜けた。いつもの道。いつもの交差点。いつもの歩道橋。そして、その歩道橋を駆け上がってすぐ、駅へと繋がる広場の片隅に。
――初めて見た顔だった。
いつもここを通るのは朝の8時頃か夕方の6時頃。そして、今は夕方8時前くらい。いつもは見かけない顔とであっても、何の不思議もない。だから、私は通り過ぎようとした。
走り続けて、駆け抜けようとした。
けれど、それが出来なかった。
歌声に惹きつけられたのだ。
「……路上歌人、ってやつ?」
ぼそりと自分の中でだけ呟いた。
その少年の歌声は、無垢で、真っ白で、暖かくて……でも、何故だか切なかった。哀しかった。それが何故なのか、今となっても私には解らない。
いつもと違う時間に通ったいつもの道、いつもは居ない人が居て、いつもは聞こえない歌が聞こえて、それが、なんだか、何ともいえないほど……愛しくてたまらなくて、どうにもならない気持ちになって。
どうすれば良いのかわからないまま、私はその場でその歌の終わりを待つことしか出来なかった。
2.心が、少しだけ安らいだ
古びたラジオから流れる、昔流行った人気シンガーの曲に耳を傾けていた。
この無機質な部屋の中で、唯一外からの情報を取り入れる機器。テスト期間中なんて、学校へ行く以外はほとんど家に居ることになる。それも、自分の部屋に居る割合が一番多い。けれど、僕は勉強に勤しむ気になんてなれなかった。強制されると反抗したくなるなんて、子供としては当然の心理だと思うのだけど、どうか。
英数字と記号をふんだんに使った公式が上の方に殴り書きされている以外、このノートには描かれているものなんてなくて。
親は毎日、勉強勉強、と囃し立てる。どうして勉強するの、なんてありふれた質問を投げかけてみても、返ってくるのは当たり前のことだとか勉強しないと将来困るよとか、そんなつまらない言葉ばっかりだ。
この世は何てつまらないんだろう。
満たされることなんてない。何を訴えたって、何を思ったって、僕に興味を持つ人なんていない。ただつまらないほど殺風景を決め込むこの狭い箱の中に閉じこもって、外の世界から遮断されて、座って文字を眺めているだけだ。
心の中ががらんとして、触ればもしかしたら崩れ落ちてしまうかもしれないほど、何だか何もかもが気に入らなくて、つまらなくて、未来だって、何だってわかんなくなる。ごちゃごちゃになる。ゴミ箱に閉じこもっているように。
机の上に伏してみた。そっと目を閉じる。そうして、目の前が真っ暗になる。ただ感じるのは、ラジオから流れる古びた音楽。それだけが体に流れ込んできて、吸い込まれて、染み込んで、…僕は音楽だけを感じる塊になって、………。
くだらない妄想に取り付かれながらも、音楽に心を温められる。今僕の世界は音楽だけになって、溶けて、はじけて、きゅうと取り込まれて。
そうして音楽だけをただ感じる器になる。塊になって、器になって。世界が音楽だけになるということが、こんなに心地の良いものだ何て知らなかった。何故だか、少しだけ切なくて、でもとても愛しくなる。音楽が僕の体に、染みて、溶けて、はじけて。
ただそれだけで、心が、少しだけ安らいだ。
3.あの子が好きな歌
君の笑顔の理由を知っている。それが哀しいこととも思わない。
僕はただ運が悪くて、君に釣り合うほどじゃなかったと言うだけ。ただ、それだけなのだ。
だから涙を流す必要なんてない。涙を拭う必要なんてない。誰かに縋る必要なんてない。君が笑顔で居てくれるのならそれで良いのだと、そんなキレイごとを冗談ですら言えない自分がみじめで仕方ない。
僕は知っているのだ。知っているということが、知らないということよりも幸せだということを知っているから。僕は誰よりも貴方の幸せを願いましょう。
君は僕ではない人の歌を聞いて笑顔になる。
僕ではない人は、君が想うように君を想っているのだと。僕はそれを知っているから。今はもう、身を引くことしか知らない。君に掛ける言葉なんてない。
君の好きな歌を例えば僕が口ずさんだとしても、君が僕を見てくれることなんてないのだから。
4.歌うことはできないけれど
わたしには声がありません。
けれど、わたしはそれを不幸だと思ったことはありません。わたしはわたしの声がどんなものかも知らないけれど、不幸などではないのです。
愛する人が隣に居ます。その人は、わたしを愛してくれています、これ以上無い幸せです。
けれども一つだけ不満があるとすれば、その人のことが愛しくて愛しくてたまらなくなってしまったときに、それを伝える術が限られてしまうことです。口付ける。抱きしめる。そして、思いを文章にすることくらいしか、わたしには思いつきません。けれど、わたしはこれだけではわたしの思いを、愛しさを、全て伝えられたようには思えないのです。
わたしにはないものを知っています。声ではありません。声といえばそうかもしれませんが、ほんの少し違うのです。――歌です。
わたしは、歌を歌うことが出来る声を持っていません。わたしは、歌うことが出来ないのです。もしもわたしに声があって、恋の歌を口ずさむことが出来たなら、わたしはあなたに、わたしの中にあるあなたへの愛しさを、もっともっと上手に伝えることが出来たでしょう。
わたしは、それを不幸とは思いません。ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ、哀しくなって、苦しくなって、きゅうとなってしまうだけ。…そうなって、しまうだけ。
哀しくなんて有りません。
けれど神様、もし、もしあなたが何か一つだけ願いを叶えてくれるというならば、わたしに声をください。あの人に愛を伝えることが出来るような歌声をください。――ください。
無理な願いなのです。願えば全てが手に入るなんて、そんなことはないのだと、わたしは十分解っているから。
だからわたしは、まるで御伽噺の中の人魚姫のように、今日も歌を歌います。声にはならない歌を歌います、伝えることの出来ない歌です。誰もその歌を知らなくても、あなたに歌を伝えることが出来なくても、私は歌い続けるのです。
ずっと、ずっと。終わることのない、恋のうた。
5.これからも、きっと好きだと思う
ずっとずっと好きな歌がある。たまにしか聴くことは出ないけれど、それでも、私の頭の中はそのメロディに占拠される。
駅の前の小さな広場の片隅、空が夜の闇に包まれた頃、その人は現れる。黒いギターケースを抱えて、定位置に腰を下ろして。アコースティックギターを慈しむように抱えて歌うのだ。マイクを通しているわけではないのに、良く通る透き通った声。ほんの少しかすれていて、でも何故だかとても惹きつけられる。
私は、その人がそこに立っているときは必ず近くに足を止めて、その歌に聞き入ることにしている。その人の顔はいつも良く見えるほど近くで聞いているわけではないのでわからないのだけれど、遠くから見てもわかる、金がかった明るい茶髪が特徴的で。街灯に照らされて、その髪は金にも茶にも見えるのだ。真昼に例えばであったならきっと、ほとんど金に近い色に見えるのだろうけれど。
とにかく、最近はその人が現れたときに、その歌を聴くのが日課になっている。
曲名は知らない。歌っている人の名前も知らない。けれど、私をひきつけて止まないこの歌声。
私はたまにあの人のまねをしてふとあの歌を口ずさんでみたりもする。明るいメロディに乗せた、本当は哀しい歌詞。私は知っている。何しろ、覚えてしまうほど何度も聴いているのだ。ありふれた曲だと、誰かは笑うかもしれない。ただ同情を引きたいが為の文章だと、誰かが笑うかもしれない。けれど、私はそう思うことなんて出来ない。ただ、あの人のまねをして。
昼間の公園のベンチに座って、空を眺めて口ずさんでみるのだ。空に向かって歌ってみるのだ。
私を惹きつけて止まない、この哀しい歌を。
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