2007/03/13 (Tue) アッシュカフェ《9》

 少女は、すうと闇に溶けた。最後に、花のような笑顔を見せて。
 三人は程なく学校を出て、真っ暗な闇の道を、ただ静かに歩いていた。
「……。」
 そして有紗は、最後にトーヤが言った言葉の意味を考えていた。
 ――坂本美咲、って言う女の子の霊、知らない? …長い茶髪で、中学生くらいの…。
 そのシンプルな問いに対する答えは、ノーだった。亜矢子はゆるゆると首を振り、ごめんなさいね、と言っていた。トーヤはそういわれることに慣れているように、大してがっかりした素振りも無く微笑んだ。
「有紗ちゃん」
 しばらく考え込んでいると、トーヤに話しかけられた。突然のことに、びくりと肩を震わせる。有紗の動揺とは裏腹に、トーヤの声は至極穏やかなものだった。ブラウン管の中で歌う歌手の声とは少しだけ違う、落ち着いた声色。ひどく心を緩やかにする。
「今日は色んなことがあってまだ混乱しているだろうから――気になることがあったら、また明日お店においで? もう来たくないわけじゃなかったら、だけど」
 そう言って微笑んで見せた。
 あぁ、この人は、何て。
 きっと今まで、大切なものを沢山失ってきたんだろう。知りたくないことも、沢山知ってきたのだろう。見たくないものも、沢山見てきたのだろう。それなのに、どうしてこんなに穏やかで居られる? 有紗は、トーヤの何を知っているわけではない。もしかしたら、有紗のただの妄想に過ぎないかもしれないこの感覚を、けれども、有紗は間違いの無いものと思っていた。
 あぁ、この人は、何て。
「……有紗さん、最後に一つだけ。」
 ふと、東堂の声が有紗の思考を遮った。有紗は、東堂の方を振り向く。
「お店に黒猫が居たでしょう? やけに艶やかな毛並みの――」
「あ、はい。」
「あの猫はね、ゼロって名付けてるんですが…普通の人には見えないものなんです」
「………は?」
 有紗は、自分の体が凍りついたようにその場に縫いとめられたように感じた。今、この人は何を?
「たまにこうやって、いつもと違うお客さんを連れてきてくれる…。」
「ちなみに、さっきの小川亜矢子の霊もただの鈍感な人間には見えないよ」
 トーヤが穏やかな口調で付け足した。前を進むその背中しか見えず、表情は伺えないが…。
「有紗ちゃんは、どうも少し鋭い人みたいだね」
 立ち止まったまま、動くことが出来なかった。自分の耳にした言葉を、いまいち上手く理解出来ていないのだ。…自分が普通の人間ではない、だって?
 東堂とトーヤはくすくすと笑っていた。やがてトーヤは置いてっちゃうよ、なんてからかうような口調で有紗を急かした後、楽しそうに小声で歌を口ずさみながら、前を歩いていた。


〈終章へ〉
 

***
次回ようやく終章です。思ったより長くなりました。
ついでに次のお話もちょっと考えてはあるのですが…まだぼんやりとしか決めてないので、細部が決まったら書き始めます。
そしてまた主人公食われかけです。どうしてこうとーやんメインになりそうになるのか…;

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