「端的に言えばね、木崎恭子さんはもうこの世界には居ません」
真実をお話しましょう、と紡ぎ始めた言葉。東堂の口から告げられるそれは、少なからずとも有紗を驚かせた。
翌日、――と言うのも可笑しなものだ。夜が明けて、朝が来て、昼になり、その夕方と言うことになる――有紗はひっそりとアッシュカフェのドアベルを鳴らした。店内は平日のためか客が少なく、流れる緩やかな音楽が心を落ち着かせた。有紗が入ってきたのを見ると、眼鏡をかけたトーヤは――もとい、『千暁』は――にやりと企みを含んだ笑みを一瞬浮かべ、有紗を迎え入れた。その楽しそうな笑顔が有紗の心に小さな恐怖を生んだことは言うまでも無い。
やがて戸惑いながらも有紗が手近な席に着くと、千暁は白々しい敬語で注文を取り、紅茶を持ってきたと思ったらまたしても有紗の目の前に腰を下ろした。当然のようなその一連の動作。
そうして、今に至る。
「木崎恭子さんが居ないって…じゃぁ、あの手紙は」
「あれは彼女の霊の思念の塊。……というか、正しくは有紗ちゃんの話よりも先に、木崎恭子さんの霊から依頼があったんだ」
「………は?」
有紗は頭上に疑問符を浮かべた。つまり、それは。
「僕達は先に木崎恭子さんの依頼を受けていた。あの思念の塊を、小川亜矢子さんに渡して欲しいと。」
「…えーっと、では、この一連の出来事は…偶然が重なってのこと、なんですか?」
「いや、ちょっと違うかな。偶然もあるだろうけど、半分は僕の勘」
言いながら、千暁は黒猫のゼロを抱えあげた。そして、笑いかける。…どう見ても、普通の黒猫にしか見えないのだが。
「言ったでしょ? ゼロはたまに不思議な客を連れてくる。そして、貴女のその制服は、小川亜矢子さんや木崎恭子さんが生前通っていた学校のものだった。東堂さんが依頼を受けた時点で高校のことは調べてあったから、その制服と有紗ちゃんの表情を見て、当たりかなっと」
…頭が痛くなってきた。有紗は思わず頭を抱え、俯いた。つまりは、この二人は全てが解っていた上で夜の学校へ向かったというのか。それは何だか、とても。
「霊は他の霊が見えない。今や霊となっていた木崎恭子さんは、小川亜矢子さんに伝えるべきことがあったけど、それを伝える術がなかった。だから、僕達を頼った。そして、彼女の霊は――小川亜矢子さんがあの手紙を受け取った時点で未練が解消されて、成仏した。…解った?」
話の流れは何とか理解できた。所々で脳内処理をしながらも、有紗は千暁の言葉を一言一句逃さず聞き取っていた。偶然は重なるものなのか。――いや、それとも、これは必然か?
わからなかった。自分がこの店に誘われたことも、夜の学校での出来事も。今となっては、夜の学校のことは、夢物語であったかのようにすら感じていた。これは、確かな真実なのに。
「さて、有紗ちゃん。今日は、学校が終わってからここに来たんだよね?」
千暁の声で、思考がふと途切れる。見上げると、目の前の座る千暁の横に、東堂が立っていた。浮かべる微笑は、まやかしのような美しさ。
「聞かせていただけますか? 貴女がこの夜の出来事を、どう話したのか」
「どうって…何とも無いですよ。」
「……何とも?」
「はい。」
有紗の言葉に、東堂は驚いたように少しだけ眉を動かした。千暁も同様に不思議そうな表情を浮かべる。有紗は続けた。
「こういう噂話ってのは、大抵が嘘です。そして、それを心から信じている人なんて、実際には居ないに等しいんですよね。特に、こういう話題では。だから、思いっきり――」
「何にも起こらなかったと?」
「はい。」
有紗がただそう口にしただけで、教室はそれを信じた。少し安心したようにも見えた。誰だって、幽霊の噂なんか信じちゃ居ない。信じようとなんて、しない――…。
「本物だったって言ったところで亜矢子さんはもう成仏してしまったわけだから、証明なんてできないわけでしょう? なら、はっきり違ったって報告した方が、皆も納得するかなと」
「それは――」
東堂が何かを言いかけたが、すぐに口を噤んだ。その言葉の続きを、有紗は知らない。
「有紗ちゃんはどう? …この話を、信じる?」
千暁がやけに神妙な面持ちで問いかけた。有紗は、ふっと笑みを零す。そんなの、答えは解りきっている。
「実際に見たものは信じます。亜矢子さんのことも、恭子さんの手紙も。それよりも、私はまだ、貴方に聞きたいことがあるんですが…」
そうして、千暁を見た。艶やかな、金がかった茶髪、白くきめ細かい肌、すらりとした体、大きな青い瞳、少女のような顔立ち――…。千暁は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべると、すぐにふわりと笑った。男性にこう形容するのも可笑しいのかもしれないが、花のような笑顔だった。
「それはね――…。」
その喫茶店は、普通の人には見えない黒猫を飼っている。その黒猫は、たまにいつもとは違う客を連れてきてくれるのだ。そのささやかな秘密と物語を知っている人は、まだ、少ない、
その奇妙な喫茶店の名は、アッシュカフェと言う。
fin.
***
やっと終わりました。そしてめちゃくちゃ長くなりました。どういうこっちゃ。
まだ書ききれてないことが沢山あるし、書きたいこともいっぱいなので、アッシュカフェはまだ続きます。次はまたこれとは違うお話でお会いしましょう。
ここまで読んでくださり有難う御座いました。
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